8号地でのごみの野焼きが終わる
煙や粉じんへの苦情が相次いだため、昭和30年代(1955年)以降、ごみの野焼きは行われなくなりました。
東京都環境局によると、野焼きは「煙や粉じんへの苦情が相次いだため、昭和30年代(1955年)以降は行われなくなり、生ごみ等はそのまま埋め立てられるようになりました」。港湾局の調査は、野焼きが周辺住民の要請で中止されるまで主に東側で行われていたこと、そのため地盤が比較的安定した東側では、埋立てが終わった直後から土地の利用が始まったことを記しています。
Wikipediaの「夢の島」の記事は8号地の埋立て期間を1927–1955年としていますが、その出典である環境局のパンフレット(2024年)は、埋立てが1962年まで続いたと記しています。1955年は野焼きが終わった時期で、埋立てが終わった年ではありません。
出典
一次資料・公的資料で確認